水のひかりかた ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

水のひかりかたのページです。

水のひかりかた

 
 
【水のひかりかた】


水についてかんがえてゆくと
かつて生ける鰤の鰭によろこびをあたえ
あわびにゆたかな諦念をもたらしたあの水は
みずから怒ったことで瓦礫をふくみ
しずかだった港の底を船の残骸だらけにした。
ところがあれら明示的な水のほかに
秘密にまもられ循環していたくらい水もあって
それらは被曝し不道徳な液体型式に変化した。
つまりそれらが泥いろか透明かをまるで知らず
水なのに火傷をおわせる反物質にすりかわり
底のないバケツで掬いあげる運動をも呼びだし
そうして水との闘いは物理の編成のくずれ
そのただなかに位置づけられるようになった。
花を、とりわけ向日葵を植えることが復興だと
あわびに似たこころをもつ者たちはしるすが
建屋がふきとんであずまやに通いだすなら
形状的にまずそこに水と神性が宿られ
花からはじまった形象学も水びたしになる。
いずれ水ランプでたがいの海底の顔をてらす
観念の停電が要るのかもしれない。
沈思をつうじ飴のようになったこころをつかい
やがて生物に添うのがぼくらの透視の特権で
プランクトンはその過程に現れる星だろう。
かがやく月と真水の関係の斜めにこそ海があって
その海に臨むのが事故史の石棺なら
やがてはおごそかにその石棺も
向日葵どころかサフランにかこまれる。
いちど想像したその図をわすれない。
そこに姿をみせるのももはや編成ではなく
死んだ子どもたちがえたかろやかさで
それがひかりと水の等価をただ告げるはずだ。
このためにいま水を極小にして
眼前の夜の顔にほのあかりをみている。
 
 

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2011年03月28日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)












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