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支倉隆子のように ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

支倉隆子のようにのページです。

支倉隆子のように

 
 
【小川】
大永 歩


ドジョウを生けどりにする
緑にすすけた橋の下で
ハシビロコウがはばたきはじめ
はじまりの地へいきつくか
すみれは知らない
ただ野に横たわるばかりだから
すみれの寝姿は
夢に見る欄干に似ている
青春を謳歌する壮大な欄干だ
謳歌という謳歌なんて
ただその口をあけて
ドジョウを受け入れるくらいだ
英雄の恥を書きとめるくらいだ
すみれの茎の
しなやかな四肢の
小川の端の
くちびるの裂け目の
さみだれの
焦げついたおとこの
はばたきが
こけむすままに響いている







【足を洗う為の水】
長谷川 明


足を洗う為の水は
むしろ時間の為の水だ
金銭で取引された
年老いた鹿達は
その角に熱を隠した
現代の列車にも
動物を運ぶものがあって
間接的にあなたの外側を
通り過ぎる
宣告はある
森の中で草木は
足のように生え揃うという
宣告がある
四輪の群れは
動物園を作った
鹿の群れは
どこででも足を洗った
水は遠く離れた
水自身を洗った
硬貨は時折
輝きを取り戻した
骨は外側を少し
暖めた
熱は間接的にあなたの外側を
通り過ぎる
角のような足の
男が告げた
その時足を洗っていたのだ







【封筒】
荻原永璃


封筒をあけたら
花びらがおちてくる
月の溶けるころには
空気が紗になる
かぜが吹けば
文字はほどけてまいあがる
(そちらおかわりなくおすごしでしょうか)
草々草々草々
絹のゆびが紡ぐ
花びらをさいて
神経をとりだす作業
上の姉も
中の姉も
下の姉も
そうやって暮らしてきた
手紙
しろい指がふるえている
濡髪のにおい
こえをきくには
とおくにきすぎた
指先をほどいて
かぜにながす
紙コップを用意してください、姉さん
もしもしもしもしも
波浪
かぜのつよい日は
世界のカーテンがゆれるので
そのすきまから
帰ることもあるかもしれない
花びらが吹き込む
封筒の奥
草々草々草々







【柘榴】
中村郁子


そんなにいたいのなら
荷物を捨ててしまいなさい
苦しい傷の数を数えている
私たちの
柘榴のように割れた背中
籐でできた籠を抱えている
グリム童話を読んでいる
友人の妻に恋している
友人も妻を恋している
遠ざかるおんなの
こころは
枯れない霧島躑躅だ
「今朝はあそこから霧島躑躅がみえました」
「わたくしたちは毒林檎を喉から取り除きたいのです」
「毒林檎の欠片は霧島躑躅に隠しましょう」
「世界は禁断の果実です」
森の中に一匹の優しい狼
亡骸を入れる籐の長い籠
籠を抱くおんなの初夏の
むね……
もう荷物はいらない
かぞえきれない鞄の
むすうの
深紅の色をくぐりぬけて
地獄はそんなに痛くはない
追想の柘榴よ







【影】
森川光樹


まどろんだ眉間をばかり
とおいめはみつめる。
あそこの城のむこうの日どけいの
ひくい針があかるみにささり
一本の弦にとどくとき
みずいろの血が一滴かげにおちるだろう。
みずいろの曲がながれ
針がそだち、とおさをぬっていく。
そして誰もの真ん中をぬいあわせる。
左右のめのなかの城のなかで
ねむたい楽団のひとりの女と
きづけばあかるみをかさねていた。







【埋め合わせ】
斎田尚佳


落ちた雫をなぞるように
指先に走る赤を見る
割れた声が引き裂いた薬指に
白い修道女が
もう沁みないように
薬指に悪さできないように
苺のジャムを塗りたくって
粘着質な甘さに彼女を閉じ込める。
あかい目をしたうさぎが
綿菓子に体を埋める。
泣きたいと言って鳴いている
鳴かないと思って泣けている。
あまさがまとわりついて滴るのだろう
固く閉めたガラスの蓋に
くっついた声がもう出ることはない。
しぼんだ綺麗な石を叩き割って
砕いた欠片を溶かす。
歪な形の苺を
鍋いっぱいの白につけこんで
しずくにならないように煮てしまおう。
出来上がったジャムで
わたしのことを満たすのだ。
眠りたいうさぎの鼻をくすぐって
瞳からひとしずくのあかがほしい。
喉を満たしたあまさが
きっとすてきな声をあげるだろう。







【地球】
二宮莉麻


夜の色は青
蒼い宝石にちりばめられた
限りない白石
白点が重なる
白鳥がざわめきはばたき飛翔する
目だけになって見つめれば
ブラジルの土に埋まった骨が
心地よい音をたてはじめる
死人の行進は月まで続き
そのあどけなさを彩る
灯篭ともしの行列は
かつてはあんなに温かだったのだ
直線がさみしい
直線が心地よい
まっすぐにのびた白鳥ですら
いつかはそれにさえぎられよう
曲線からなる生命は
その瞳に宿る草木のうるみ
生命線にさえぎられるのは
いつか覗いた
夜のあお







【泳がされることについて】
中川達矢


春と夏の間を飛んでいる
鳥がすぐそばで巣をつくっている
誰よりも隣でありたいそこで
見守り続けたい場所がある
池の中を泳ぐ鯉を祝福したい
外の世界を知らずに
偉そうに死ぬなんて蛙みたい
きっと祈りを捧げるために
腐っていくいのちを祝福したい
雲は水で出来ている
鯉は水で泳いでいる
雲で泳ぐ鯉を祝福したい
動かないはずの石像の上で
鳥が成長していく眼で
鯉に祈りを捧げる

ほら
外の世界を
泳いでごらんなさい

鯉は祈りを捧げるために
雲の中を泳いでいる
春と夏の間を飛んでいる
鳥が雲の中をはばたいている
水で出来ている母体を祝福したい
溶けていく石像が帰る池で
鳥が閉塞していた








【イコール】
渡邊彩恵


しろとぐれいが二重にうつす
おんなのカオがふたつ
隙間からは風が吹きつけてきた
それも両側から
にじゅうのそれは黒い後ろも
うつしている
流れる色はくろで
顔も黒く流れている
やむことの知らない風は乱れ
おんなの顔を黒で乱れ隠す
ともる灯にのって
どこも夜鏡にうつって
くろとぐれいがブレながら
風が入り混じっている
皺がよるおんなは
後ろの灯を目で追っている
横目には風をうけて
身を守りながら
しろにもどそうとする
いずれは二つに分かれるのを知りながら







【虹の下の家】
高橋奈緒美


ドアを開けたら生活が転がっていた
帰りがけによった家
だらだらになったはずの壁
かべの呼吸はそのままに
火傷した皮膚ははがしてしまいたい
先祖がやってくる
猫が邪魔をする
ねこは畳にはさまって
少し背が伸びただろうか
やせてしまったのは
鉄を実らせた木だけではない
子供の作ったような積木の家に
もう一度棲みつく者は
天井よりも空を眺め
虹を探しに旅に出る
どうじに帰路も探している
みちは永遠と一方通行のようで
地球を一周しなければ
帰れないのかもしれない
かえれと命じたのは
隣人ではなく文字だった
おかめをかぶった狐や狸が出る噂を聞いて
うわさどおりのきつねやたぬきなら
むしろ歓迎するのだが
もう春なのに寒気がする
ここでしか手に入らないものがある
納豆は食べられない
生活はごろごろと昼寝をして
夜には姿を消してしまうが
街の空気に呑まれていった
夜空がふくらんでいく
吸い込んだ感情を涙で流して
海に溶けたこえが
うずまいているよ







【砂】
山崎 翔


ひきだしを開けると
真っ白な砂ばかりが呼吸しており
瀬戸物のふるびた亀も
すでに空を飛んでいる
かめの残したつめあとにも
泳げるほどの水はない
すなの吐きだす
菫色した雨音からは
ぬかるみで
食堂の女が汚した
長靴の踵で踏まれた
薬缶がこげた臭いがする
酸化した残骸に
わかい蓬をしきつめて
弛緩しきった水たまりと
濁ったいろのおんなの咳を入れた
そのままどこかの煉瓦の下に
ふかく埋めていたのだと記憶している
その殻を破り
地面にたどりついたものはいるか
赤褐色の雨粒に
喉をうるおしたものはいるか
いつからか
名前を読み上げる間もなく
この喉からも砂があふれだす
にごりのない時間よ
取っ手をなくしたまま
閉じきれずにたたずむしかない







【きかせてください、どうやってここまできたのか】
三村京子


蚕がするようにはきつづける
あしのうらから誰かがひっぱってくる
民衆特急の氷シートから
丹沢のおく、
木通の芯で待っているという婆さまのもとへ
この両脚がうごく
長雨が降っている五臓六腑
それを一本ずつ、たぐりよせ、紡ぎだす、
紡ぎたい、紡ぎたいよ、何体もがいう。
盲目の新聞を蹴って
赤い実を電波にのせて
音声の大きさと小ささとが
大雨嵐うけて、ちりちりしている。
大窯のつよい火あぶりで
やぶれたりちりぢりになったりわめいたり、
まぶしいのはたしか。
どうしてこんなにお腹がすく。
時間をください。時間を。
ひとひらにも、はりまどのえいえんを、
嵌めそびれたくないので。
長い雨のすじに乗って
わたしはわたしにたどりつくまで
つたってゆく




立教金曜四限、
詩作演習履修者からメールされてきた
課題詩篇のうち、
すぐれているとおもうものを
上に一挙にペーストした。

いちおう今朝が刻限。
まだふえるかもしれない。

みんないいなあ。
負けそうだ。
むろん漢字をひらくべきなど
ちょっとした修正点もあるだろうが
なにか詩魂がおおらかに脈打っていて
上のものはそのままに
新鮮な詞華集ともなりそうだ。

支倉さんの詩篇をあつめてプリントにし
「支倉隆子のように」と要請したのが
よかったのかもしれない。

つまり強圧のない詩作の自由、
奔放な想像力と音韻によって
身軽でうつくしい衝撃がとびだす支倉詩篇こそが
生徒に詩作モチベーションをうながしたのだろう。

難解硬直詩篇を範にすれば
こうはゆかなかったとおもう。

課題はもうひとつ「松下育男のように」も出している。
これについてはこれから一堂にあつめる作業をする
 
 

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2011年05月12日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)












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