江代充のように
●江代充のように
【落下する影】
大永 歩
煌々と熟れた柘榴の 芳醇な彩よ
舞いあがる刻の蒼穹の渓流に
あなたは骨がちの枝を這わせる
長いよるの円環を掌握しきれず
ひと知れずエリカは過去の書を繰る
薬の爪のはじらいよ ほどける雪よ
真珠はふたたびすべり落ち 落ちるように飛ぶ
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【日の速さ】
三村京子
石段を上ってゆくと
蔦と雑草とが木霊する血のめぐりを
わたしが日の奥へと沈んでゆき
教えられたことが
歩きの内側で出血してしまう
日の速さに行きつく
樹木の陰を過る猫に
横顔を掠めとられながらも
この手が見えている
丘の上の舗装路では
見えていることを数えた輪郭により
数自体の啓示を把握していった
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【聖夜】
二宮莉麻
重厚な厚みにふりかかる白粉
あなたの肩をふみしめ
血塗られた数千年を星にしずめる
広げた讃美歌をつきぬける 歌声は淡く透き通り
間接的に森を折り曲げる
鼓動が地面を破壊させ
私はただ深緑にあなたを想う
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【宿命】
中川達矢
憐れみを求めて祈りを捧げる満月の下で
ふたたび金や香や薬を待ち続ける母の姿を想い
知らない 知らないと裏切られ
ゆくゆくは磔刑に処される運命を捨て
四十日四十夜見守るしかなかったのか
海は裂け 天は曇り 地はどよめき
洪水が訪れようとも変わらない原始として
言葉は初めにあり 神と共にあった
わたしの役目は再臨への待望だけで
それ以外に拾う神は必要ない
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【超能力者】
長谷川 明
風の吹く日にわたしは自転車への誘いをする
誘いには午睡がはんぶん流れ込んでいて
その海に長細い連絡船はたゆたう
秋に撮った家族写真には立ち枯れた一族が写りこんでいて
青白い顔の超能力者はかばんを開く
背中にもっと美しい形が滲んでいる
分からない言葉は空中に浮かんで
言葉の心臓はくるくると回る
超能力者は港へと向かった
外国に知る人は一人としていない
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【砂】
柏谷久美子
森に足を踏み入れ
何度となく行き来しただろうけもの道を
水音をたよりに歩いてゆくと
枝からぶら下がった二匹の蛇が
かれとみた藤の花のようにわたしを見下ろしていて
砂利でふちどられた川に近寄り
水に沈んだ砂に隠れたみながひしめき合う声を知った
とおくの川の向こうには
ついさっきまで丸かった綿毛たちが
浸食されるように欠けてゆき
生い茂る枝に振り向きもせずすりぬけていった
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【四角く割った】
森田 直
四角く割った視野の内部で
風が吹き 無数の線がたわみだすと
左端が青く光って モノクロが溶ける
燃されているのだと解るのは
私が手前側であると認識している証拠で
この世界に奥ゆきがあり
それでいて区画のなかの 線は切れ はね
ある偶然によってのみ結ばれることの愉しみを
問題なく享受し 会得していることへの
なにか夢のような自らへの そのまぶたへの精一杯の投石で
間接的な言い訳なのだろう
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【血液】
森田 直
心臓を破って生まれた小鳥も
東京の雑種と交わって
今や群れをなし 渡り鳥に化けて
南の方まで飛んでいってしまったから
残ったものは残ったもので
しかたなく新しい嘴を形作り
縫合された心臓の ぎこちない襞の中に育ち
今やその合理的な破り方を腹の中で知って
出ていくに適した
暖かい季節を待っている
古い青色の血液を飲ませる
わたしと話すとき
怯えたように笑う
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【夜よりも深く】
川名佳比古
夜よりも 深く
降りつもるさざ波の
寄せてはかえす 幾億のすき間に
骨をうずめている
その衒学的なしらべの 揺らす月影のおもいでと
少女の頬を濡らす 雨のしずくとが重なり
やがて鈍色の目覚めがおとずれる
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【透る】
斎田尚佳
紙をめくる指先にみとれて
目があうのを恐れて下を向いたら
羽ばたいた鳥を見失ったけど
いつの間にか重なった音だけが
私の宙ぶらりんな素足を覚えてる
かどの取れたガラスの欠片をもてあそんで
君とことばを交わせるか知れない
何色なのかもわからない空の中で
見えないくらいが きっと上手く過ごせる
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【残鶯】
渡邊彩恵
藪の中から飛び出した
オリーヴグリーンのちいさな影は
残桜の枝々を翔け
ひと鳴き
声は辺りにめぐる
いったい 誰を求めるのか
柔らかな日差しをさえぎり
儚くゆらぎ
邪魔だと云うように
わたしをおいて 実をついばんだ
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【息】
斎藤風花
隠され煤けた炉の中から小さな息がきこえる
わたしの思考が上水でしずかに雲になるときを待っていれば
炉に嘲笑われる
高らかに笑い 清らかに微笑むふりをする
炉の中に棲む年端のいかぬ少女はまた
ひとりのちいさな女でもあるらしい
澄んだ眼でわたしをなじり
つめたくあかい純朴な頬で煤けた炉を灯す
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【流浪】
斎藤風花
その一重まぶたの人生を常々考える
白いデザートに乗った芥子を 宝物のようにじっと見つめているその瞳は
遠い故郷の面影を映し
またその故郷が もはや完全なる故郷であることを告げている
そろそろ還る時が来たと その一重まぶたはいう
早すぎようと遅すぎようと 時の自尊心は厳粛を保ったまま
否定せず 抗わず ゆらぐ柳の枝のしなやかさを息子へおくった
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【傍受】
森川光樹
見上げる夜の重みに折れ続ける声の
埋葬を赤帽の瞳の奥に求めたが
黙っている私を数える指先が
否定した影のひとつの中で
笑う奴隷達を焼かなければならなかった
都市に包装された球の海を反芻し
猫の待たない坂を登る帰路
私から海の声までを数えようとした
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【舞踊】
山崎 翔
狭い路地を抜けると
壁と壁とが落とす雑然とした影の中で
踵はおもむろに回転をはじめ
跳躍と屈伸とを通し
繁茂する雑然のそれぞれを書き換えていくのではあるが
その痕跡も
いつかはひとつの欠伸とともに
正午の陽が映した広葉樹の若い葉脈につつまれ
靴音が盗まれていくことを知る
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【母】
荻原永璃
およそ祈るかたちというものは
橙色のひかりのなかで
くずおれた白バラや百合の集積
またその発酵したものを嘗めるようでもあり
わたしたちのための賛美は
千の鼓膜を糸でつらぬき
真夜中に
天上へと吸い上げられる
搾取にも似た呼吸の音楽を
かつて母は知っていた
湧き上がり燃え上がるものを
その腹部へいだいていたことを
回天する焔をひとりかかえ
やすらかに微笑むことを
朝靄のなか 母は舞い降りる
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【こうかい】
中村郁子
リンゴの青が 水に洗われて重い
わたしは錆び色の白布のなか
ちいさな人が 木の上を行き交う
オリが嫌だと叫んだ鳥は
あま水としお水で羽をやられながらも 東の空へ旅立った
星の海の果て こわしたものは直せるか
あかい体をひきずっても 君はわたしを受け入れるのか
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江代充さんに「まねぶ」ということは
受講生にはとくに抵抗が少なかったようだ。
よって語彙が存分に披瀝されている。
ただし堅牢詩が目標となるのではない。
第一に静謐、第二に読解時のしずかなゆれ、
それから『梢にて』以後も参照すれば、
第三に複文構造の散文性、第四に再帰性、第五に描写性、
が目標となるだろう。
それらがあって再読誘惑性が来る。
今回はどの詩篇も緊張感と静謐と圧縮にみちているが、
認識の再帰性によって
第一認識と第二認識に、
いわば「序数喩」が生じるところまで
世界を展いたものが少なかった。
先週の演習を急ぎすぎたかもしれない。
この点は次回、貞久秀紀さんをあつかうので
さらに補強できるだろう。
とはいえ傑作が噴出した。
あきらかに「詩手帖」投稿欄より良い眺めだ。
恒例なので、点数を発表しておこう。
最高点=三村京子
次点=柏谷久美子、山崎翔、荻原永璃
次々点=大永歩、長谷川明
ぼくが前回アップした詩篇も遭わせてお読みいただければ