小峰慎也のように ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

小峰慎也のようにのページです。

小峰慎也のように

 
 
●小峰慎也のように

【怪々死体】
大永 歩


こんなばかでかい窯の中で
おさかながちょめちょめしている
ぼくは殻を削いでいる
おまたがかゆくてしんじゃう
じゃあおちゅうしゃしようね
とユミちゃんはところてんをうつ
ぼくの手足はぽろぽろとれて
こけしになった
まるい頭は足りないところがなくていい
(カイカイしたい)
くびれの内側は
はなれたを繰りかえしていて
保健体育の教科書は、をやめない
ぼくはひとおもいに
さびれた







【ハクビシン】
高橋奈緒美


電線がゆれる
は、面白い
声が本物か吟味する方法
オレオレ
もしもし
オ、レ
オレだけど
サッカーの応援に夢中になって
お金を入れてください

あ、ここにいた
ハクビシンは屋根裏に潜む
数字が歩いていただけか
屋根裏より狭いのに
よく通った ね







【ぽんこちゃん】
高橋奈緒美


はじめは犬だった
嫉妬なんてするか
だが、くまのぬいぐるみにしてみた
プーさんは上着だけ着る
卑猥だ
黄色い顔していつも笑っている
なに
そんな一言を気にするのは日本人だ
鼻だけは共通しています
わたしは黒くないけど
呼ばれた声に反応してはいけなかった
わたしがわたしで
いるためには







【世界】
三村京子


あー
どうしようかな
そっちにいようか
こっちの温泉に浸かっていようか
いったんこのお湯から出て
あっちまで裸で歩いていかなきゃならないんだよね
けど、まあ
ムジャヒディンとかインティファーダとか、みちゃったら、
ねぇ。
はい。
ここで問題です。
要するに
二つの点があり、両者を内包する領域が、
目の前にあるわけです。
それを温泉タオルを巻いた私が、
岩陰で見てる、っていう。
体、あったまってるから
あっちの景色も溶け合って見えるんだけどねぇ・・・







【のりピー】
三村京子


あっちの家には
うざい、って言葉が入ってる
うちには入ってなかったけど
きのう食卓の隅に載っけられていた
母さんも父さんも朗々と
うまくいっている一夫一婦の朝食を
家制度にのっとって表明していて
気づかず
仕方ないから私が
使い終わった牛乳パックの底とかで
水とスイカの皮とかで、飼った。
夏の夜十時頃、
正義は模倣にしかないのか?本当か?
うっぜぇなぁ〜とつぶやくと
口中に粘つく感覚が(ほんとかな)。
るさんちまんとかいうものでずぶずぶになった声が
どうしょうもない、っていうもんで
やれやれどうしたのよ、って
付合ってやりすぎた
ちぇっ
ということで私はもう
旅立ちます
(味付け海苔のように)







【誰かさん】
二宮莉麻


その日は冬だった
マフラーをぐるぐるまきにしてオレはでかけた
山間の低い谷に小さな花屋があって
誰かさんに活ける花を買いに行った
まことに勝手ながら本日はお休みさせていただきます。
そこに活けにいったのに
そこは休みで
ちゃんと花をまいてきてね
誰かさんの親切そうな声が耳に蘇った
誰かのために花をたむけるという行為はいつ成立したのでしょう
泣きそうになりながら
写真の中の誰かさんに問いかけた







【卒塔婆】
森田 直


ぶった切って遊ぶ 午後はアツイ
焦げる前に 切れ! とゲンちゃん それ!
放り投げて それ!
炎天下で御臨終したくない
あたまに卒塔婆ぶっ刺さって死にたくない
土から離れられなくなる前に
えい!







【名前】
森田 直


納豆かき混ぜて
親父は生計を立てていた
おれのあだ名がちょうど
ねり消しだった

ねり消しだけの秘密
こころのなかで
一人称は昔からねり消しだった
気を使うやつはどうかしてる
だっておれ
練られる事を不満に感じない
いい性格なんだもん







【五郎ちゃんは3時に】
森田 直


おっさんにつばかけられた
ぺこりぺこり 頭下げた
おっさん恐かった 金本
シルバニアのおうちに 佐久本
みたく
表札はかまぼこ板
投げ出すのムツカシイネ
五郎ちゃんは3時に
外泊を許可された







【あしをなくした】
鎌田菜穂


あしをなくした
と山からかえってきたひとが
沈殿をひきずっている
かわいそうで
わたしのあしを
一時的に
なすりつけると
なだれこむ

あしをなくした
けれど
よるは最近みじかすぎるので
くぐるのに有利だ
辺りのカスを
あつめてきて
ねりけしをつくる
いた
きもちい い
垢でくろずんだ
りんかくが不十分な、
あれこれ
よるとえんえんと

っと、あしをなくした
なだれこむ
あなたに
コーラとゴムのにおい
どうしても、まるめこもうとするも
どこからが
誰なのだ







【のりかえ】
川名佳比古


電車のなかに吊る首と
目と 眼があって
なんとも気恥ずかしく
まだ躰になじんでいないので
もっと食べなくてはね
なんて言ったりするが
食べるっていうのは
えらい ものだ

そうしている内に
大宮でねじれてしまった関節を
えいっ とさらに深く
のみこんでまた
ずれた







【四倍の音楽です】
長谷川 明


僕が釘の頃には
寝る事
その木
、人のことを
罹患っぽい風な
おいしさ
からの
家を
えらった
反対のカードゲームをたくさん
プレゼントしてくれないか
でかいしどう
漫画を
好きになった
おんなのこを入れた
あっこ
簡単に漏らす
しね壁に塗る祖父を踏み抜いてしまえるえるえるくるくるかんじょうのきらきら
えらった
こいをぼの布団の話にする
ましんがんましんがん
乗る似る
多分入れた
わーい
俺の風呂だよおまえらは







【あいす】
齋田尚佳


味噌汁のみそをとかすには
一度火を止めねばならない
理由を知らない
そんなものはいらない
とは思った
スイカバーを
しゃくりとかじり、かじり。
種がひとつもはいっていなかった。
誰だよこんなの選んだクズは
と宙ぶらりんに悪態。
犯人は、と指をくるりと、みそっかす。

あいすを一滴ずつ
落としていった
畳に
髄まですすって
飲みほしてくれと
切に、とける







【家族映画】
森川光樹


せまいガラスの外をみてたら
父母の反射があざ笑うので
なぐりつけ後ろへ
結婚します
と報告すると若妻が
あたまからガラスをかぶせてくるオレの運命やいかに
などという映画における
血まみれのシーン
のすそでよだれをふく
21歳児になって
返り血はあびない。
はいはいでゆけ、雄々しく
荒野の七五三はすぐだ。
これからは一人ででかくなった顔をする。







【メール】
中村郁子


おふろ
じゅしん
うーん 今はムリ
あと
三日くらいすれば
はいれる
へんしん
またこんどね







【まないたの上のわたし】
中村郁子


つぎはもっとはりきってねって
できたとは思わなかった。

わたしを斬りきざんでください。
一瞬で斬ってくれたらきっと楽だろうな、轢死より何倍かましだ。
そんなことを言っている人類が意外におおくて
おもしろいです。
てんこもりの容量で、ダウンロードするのに時間がかかる。

小峰さんのお住まいは
国立 立川 日野 豊田?
つり革でうとうと夢の中のオヤジにぶつかられながら
ものを読んだり作ったり
そんなこんなで終点、豊田です。
バリアフリー、中途半端ならやめて







【むしってやる】
荻原永璃


おまえ
加えた犬の
真っ昼間に
赤いのがうまいのだ
といって
病気のじじいに
むしりとられた
のを知ったのは大分たってからでその頃にはもう
白ヤギのユキちゃん

かわいい眼などももう
ぎゃああああああ
とか
すぐにこなせたら何もモンダイはないのだ
これでいいのだ
ってぐちゃぐちゃだからじじい
おまえ
それでいいのかよ
ながくのびた一部をふみつぶしてやろうか
といっても
わたしかわいいおんなのこだった
赤いとか美味いとかさあ
あとさ、かんたんに、みんな、首をどこかへヤリすぎだよ
なくしたものはおれのもの
といっても
どうせみんな胃袋だった
しゃれこうべはうらがえしてから酒を飲めよ
毛だらけの奴をだ
おもいしれ
どうせおまえもむしってやる
そしてとつぜんに
消化されろ







【ばるかん】
山崎 翔


渡辺さんのぶたは朗らか。
朝刊も来て、
今日も不安定で、
安心。
ということにでもしておかないと、ねえ。
目が覚めたから咳込んでるのか。
もしくはその逆なのか。
お鍋の中の、が
いまにも死にかけていることを
弱火で5分して、ごまかせているつもりの六〇代男性(無職)は
布団で真っ赤。酸素が足りない。
(それでも例の行為は止めないんですね)
およそ十分後には台所でたばこに火をつける、と予想。
吸われるぞ。
いや、こっちのはぶたの話。
ぶー。
さわりたくもないような配置がなされ、
延々おなじ部屋で呼吸をしつづけていると、
おもむろに
消される







【お前のおっぱい】
中川達矢


絵に描いたおっぱいでは
欲を満たせないから
しかたなく
隣にいる彼女の
たるんだお腹を
つんつん
すると
なにしてるのよ

罵られ
おっぱい触ってるんだよ

言うと
しかたないね

認められ
お前のおっぱいは
そんなものでしかない





笑った。「参照源」の破天荒さのせいか、
みな生き生きとしている。
あとで「最高点」「次点」もしるすが、
今回はみな、愉しい仕掛けのほどこされた秀作ぞろい。
眺めていてもすごくカラフルで、
教師冥利に尽きた。至福、といえる。

これらはひとえに
「まねび」の対象=小峰慎也さんの
現在的優位性をあらわしているだろう。

小峰さんはゼロ年代からの詩歴。
じつに旺盛に詩集を出していて、

・『偉い』(01年7月)
・『スケベ心とどまるところを知らず、明日に向かう。』(02年12月)
・『和式』(03年9月)
・『困った人だ』(05年6月)
・『保守』(05年8月)
・『参考になる』(07年11月)
・『二体』(10年9月)

と、既存七冊の著作がある。

ただし定価のついた詩集が中にあるにはあっても
全体に私家版の趣がつよく、
そのことでpoet's poetと多く遇されているのではないか。

詩風については
ぼくのつくった「傑作詩篇」を提示しながら
受講生には次のように説明した。

・詩語の否定
・脈絡の脱臼(その結果としての激しい語間スパーク)
・足りなさ(寸止め)→解釈の多義性
・不道徳性
・(副羊羹書店主人としての)教養=破滅型私小説への接近

あるいは7月14日のFacebookの「近況」では
小峰さんを念頭にぼくは次のように書いた。



表現に際し、誰しもが「卓越化」をかんがえるが、
その卓越化が、​驚愕の付与と表裏するように、
一般化(脱個人化)、解熱化、緩慢化によっても
構成されていることが
さほど顧慮されない。
たとえばエッセイの分野では
以上述べたものの分布計測は必須となるが、
現代詩の分野ではその励行が
なぜ不問にされているのだろう。
〔…〕
もうひとつ、現在的な「詩の卓越化」に
相即するものをかんがえるなら、
それが「詩の小規格化」かもしれない。
〔…〕
趨勢的には現在の表現はすべて、
(ネット)資本とポピュリズムと刹那的享受から
「縮減」をしいられているだろう。
それらを逆手にとるとき、
「縮減=小規模化」が否定できない戦略なのだとおもう。
しかもそれは、Jインディーズでは
ゆら帝が耳目をあつめた90年代末期から
精神的な決定事項だったはずで、
現代詩だけが蚊帳の外に自らを置いていたのだった。
なぜだろう。



つまり小峰慎也の一見異常とおもえる破壊性は
逼塞にあえぐ詩の現在的事態に批評的に突き刺さっていて
受講生はそのことを察知して
「小峰慎也のように」という企みに同調、
結果、今回の詩作に豊饒さを得ているのではないか。

この豊饒さは「詩手帖」「ユリイカ」などの投稿欄での
詩作のつまらなさと対照的なものだとおもう。

そこでは文学の形骸しかない。
詩はもっと、定義できないものの動的な進行、
動物的なもののはずなのだ。

今回がこのアップシリーズの最後なので白状するが、
受講生の男女比率は大体、3:7程度ではないかとおもう。
むろん、ぼくには変態的なところがあって(笑)
これまでの読者にはお気づきのように
「佐々木安美のように」「廿楽順治のように」
それから「小峰慎也のように」と、
とりわけ「女子」にとっての難関をつくって
彼女たちの「変貌」をうながしてきた。

つまり「偏差値が高いがおとなしい」
(じつは「腐女子」傾斜性が潜在している)
立教「女子」の惑乱(錯乱)がみたかったのだった。
たぶんにエロチックな欲望にすぎないのだけど。

現代詩の変貌はたぶん「女子」からはじまる。
自然や季節や抒情や家事に親和する女性性が
奇異さにこそ親和する女性性へと接続されたときに
男性詩的な硬直・武張りのすべてを
詩作フィールドから放逐することができるのではないか
(と、ぼくの念願はいつも「女子頼み」の型をとる)。

そうおもったら、今回あざやかな変貌をみせたのが
中庸な作風で知られる中川くんだったりしたから
教育効果はその意外性によってこそおもしろい。

では恒例の成績発表。次点は以下の三篇。
・高橋奈緒美「ハクビシン」
・三村京子「のりピー」
・山崎 翔「ばるかん」

高橋さんの作は「振り込め詐欺」が題材かとおもっていると
聯が変わり、「屋根裏のハクビシン」に接続される。
この経緯に連関性があるとするなら
振り込め詐欺の電話犯人が
ハクビシンだという解釈にならざるをえないが、
「手がかり」が「足りなさ」によって脱落して
スコーン、と何かが口をひらいている。
その感触がとても好きだ。

三村さんの作は家庭での食事風景が
「偏執」によってグチャグチャに脱臼されている。
《正義は模倣にしかないのか?》は
大澤真幸の「正義論」がミメーシス論を原資にしている点を
揶揄しているだろう
(じつは大澤の議論は自体性のない議論なのだった)。
《家制度にのっとって表明していて》がユーモラス。
温泉でちがう風呂にどう入るかで煩悶している
もうひとつの作「世界」も世界像が意味なく深遠(風)で
じつはどっちを採ろうかでは迷った。

山崎くんの作は
《お鍋の中の、が
いまにも死にかけていることを
弱火で5分して、ごまかせているつもりの六〇代男性(無職)は
布団で真っ赤。酸素が足りない。》
の四行にフッ飛んだ。
そうなるともう「全体」なんて関係ない(笑)。

最高点は最後だから大盤振舞というわけではなく
純粋に評価して五篇の豪華版となった。以下。

・鎌田菜穂「あしをなくした」
・長谷川 明「四倍の音楽です」
・森川光樹「家族映画」
・荻原永璃「むしってやる」
・中川達矢「お前のおっぱい」

鎌田さんの作は大爆発だ。しかも朦朧体の大爆発。
冒頭3行は廿楽調の感触もあるが
最終聯にいたっては廿楽さんも小峰さんも突き抜ける。
足の喪失にたいし「わたし」が身体交換を望み
ふたりの領分が曖昧になるような
「愛」が唄われているような感触があるが
理路がうつくしく壊れている。
川端康成『片腕』の「腕」を「足」に変え
対象だった女を主体に変化させたのだろうか。

長谷川くんの作は徹底的な「意味不明」が
輪郭溶融、分節無化の恐怖にもつうじて愉しい。
「えらった」って何だろう。
徹底的に「壊れ」が進行するなかで
ラストの一行が決まっているから幻惑されてしまう。
しいて解釈すると「童貞喪失おめでとう」と
なぜかいいたくなってしまう(笑)。

荻原さんの作も同様。
犬を喰っているのかヤギを喰っているのか
爺ぃをいたぶっているのか不分明で
その多重化された模様そのものが苛立っていて
これが「女子」の手になることがひたすら嬉しい。
そしてラストが決まる。
ともあれ「女子が怒る」のは至当だ。

あ、森川くんの「家族映画」についてが抜けた。
これはことばの理路が破壊的にみえて
ときほぐすと「カワイイ詩」だとおもう。
家族でTV放映されている映画をみていたら
森川くんのグッとくる女優かタレントが出ていて
森川くんは家族の手前、恥しくなったということが
「返り血をあびる」といった
照れ隠しの表現になっているのだろう。
思想的マッチョ詩の「大袈裟」はいただけないが、
森川くんの詩はカワイイ。

中川くんの作は前言したように大変身を結果した。
真偽はとわないが
中川くんのカノジョが貧乳で
よって胸よりはお腹のほうが柔らかい、
というようなことがあったとしたら
それは柔らかさの無限転移の端緒なのだから
やっぱり「芽出度い」ということだ。
こちらにも「おめでとう」と声をかけたくなる。
 
 

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2011年07月14日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)












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