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追悼・原田芳雄 ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

追悼・原田芳雄のページです。

追悼・原田芳雄

 
  
Facebookに書いた原田芳雄関連の記事をふたつ貼っておきます。

【七月十二日】

朝のニュースワイドで阪本順治監督『大鹿村騒動記』完成披露試写の舞台が映され、主演の原田芳雄が痛ましく痩せているのに愕然。​車椅子姿、禿頭、晩年の加藤嘉にも似た風貌になっていて、発声がままならず盟友・石橋蓮司がメッセージを代読していた。原田については腸閉塞と肺炎を併発しているという報が今あるが、『大鹿村』での原田はまだ壮健だった(樹が紅葉していたから去年秋の撮影だったろう)。本人は健康を恢復して復活するといっているらしいが、後ろにいた佐藤浩市が眼を真っ赤に泣き腫らしていた。原田が「知的不良系男優」の精神的支柱であるのは無論だが、やはり石橋が原田を補佐したのには胸が詰まった。二人が丁々発止の競演をした黒木和雄『竜馬暗殺』後、石橋は「あんなにアドリブを飛ばされては疲れて叶いません。二度と映画共演は御免」と述懐していたが、以後も黒木監督は『スリ』まで間歇的に二人の丁々発止を目論み​、二人は嬉しそうに共演していた



原田芳雄は力量の揃った男優と一対一の演技で火花を散らすとき、とくに素晴らしいが、『大鹿村騒動記』では岸部一徳との共演が見所だった。ふと憶いだすのが、往年の浅丘ルリ子主演のNTV系ドラマ、『二丁目の未亡人は、やせダンプといわれる凄い子連れママ』。そこでは赤白縞のスーツを着た原田芳雄が、兄役で同じスーツを着た山崎努と抱腹絶倒の共演をしていた。そういえばあのドラマの脚本は清水邦夫。つまりもともと原田芳雄は演劇時代以来のことばの出自を語っていた(『竜馬暗殺』も)。原田芳雄の「口跡」には中学時代以来、ずっと憧れていたものだ



ぼくは大学時代、芝居をやっていて、清水邦夫と蜷川幸雄の桜社の舞台『あなた自身のためのレッスン』に主演したことがある。元舞台の主演が原田芳雄で、大学一年の後期​、「きみは原田芳雄に似ているから是非」と演出家の悪魔の誘いを受け、ノセられて原田芳雄の役をやったのだった。結果はむろん惨敗(雰囲気はあったが、早口すぎて科白が聞き取れなかったという)。当時の清水邦夫の戯曲はものすごく多弁なものが多く、それが祟った恰好だった。その意味でいうと原田芳雄は多弁を肉体化するのが抜群に巧​く、これが実は均質リズムのあの口跡に負っていたとおもう



むろんしわがれ、時に割れて聴えるあの声も素晴らしい。原田芳雄はブルース歌唱も見事だが、ひばりの「リンゴ追分」のアコギ一本のカバーが絶品だった。一度、ぼくのキネ旬時代に、寺山修司のことで芳雄さんにインタビューしたことがある。記憶力抜群の、紳士だった。寺山芸術を見事につかんでいた。そういえば黒木さんの追悼の会のとき​、黒木さんのことを「不決断の監督」と端的に人物描写していたのも印象的だった



【七月十九日】

原田芳雄逝去。一週間ほど前『大鹿村騒動記』舞台挨拶に痛ましい痩身を晒した芳雄さんのことは書いたが、予感していたとはいえ感慨が深い。たとえば大正的旧時代の幻のように画面に映る風情が素晴らしく(アナーキストだったということだ-『田園に死す』『ツィゴイネルワイゼン』)、同時にその幻が演劇的爆発をする瞬間を​も待望させた(『父と暮せば』など)稀有な役者だった。彼が映画​の終盤、惨死を遂げるときにはユートピックな理想の渦巻く頭蓋が​、壊れもののエッグヘッドだったという逆証もおこなう(『竜馬暗殺』)から「時代を体現していた」。抜群の音感。しかも時代との齟齬を描くときは片方で痛ましく(『スリ』)、片方では笑わせた(『オレンジロード急行』での「このラジカセ、ラジオも聴けるの​け?」だったかの科白回し)。煙草を吸うポーズも芳雄さんから学んだ。ああ。いまはただ合掌…



原田芳雄の涙といえば、『赤い鳥逃げた?』で桃井かおりと大門正明がセックスしているとき、不能の原田芳雄がサングラスをとると、そこで涙がひとすじ流れるシーンが印象的だった。それがこのあいだの舞台挨拶では落涙を隠すことなく露わにしていた。逆に、『父と暮せば』で原田芳雄の「芝居」を撮った長回しについに黒木和雄監督が「カット」をかけたときは黒木さんのほうが泣いていた(NH​K教育のドキュメンタリーでみた)。それらを綜合すると、俳優として幸福な感動の磁圏にいたのだとはおもう。それにしても、中上健次原作『日輪の翼』の監督ができなかったことは、心残りだったろう



原田芳雄は、監督と、スタッフと、共演者と、映画を「共謀」する俳優だった。それが伝説のアドリブの多さとなって現れたが、その理由は原田が「音楽的存在」だった点にまずはもとめられる。同時に、自分の「見え方」を知り尽くし、シナリオを読み尽くす知性をもつ、「精確な俳優」だったからこそ、それができたのだった。松田優作が原田に憧れたのは、「口跡」よりも先にその存在方式だろう。ともあれ彼らの演技の「綜合性」が70年代~80年代日本映画の「型」をつくった、アウトロー親和性よりも先に。ただし原田芳雄は、監督の個性を見抜き、「言うなり」にもなった。それが鈴木清順映画の出演だったろう。「つながらない」とわかっていても、監督のいうとおりに演技しようとおもったとたしか『ツィゴイネルワイゼン』出演時に述べていたとおもう(とはいえその前に、比較的「つながっている」けれど原田芳雄の「メイク問題」のあった傑作『悲愁物語』もあったのだが)
 
 
 
 

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2011年07月19日 日記 トラックバック(0) コメント(5)

TVのニュースワイドの紹介では
原田芳雄は「存在感がすごい」
「孤立したアウトローだった」と
通り一遍の言い方がなされていますが、
「存在感よりもまえに技術がすごい」
「孤立ではなく、
画面で他の俳優と共生する姿がよかった」と
いいなおされるべきだとおもいました。

原田芳雄を語るときは、
かならずその共演者とのやりとりが語られる。
その意味こそが考えられるべきだとおもいます。

「めざましテレビ」の大塚範夫は
たぶん原田芳雄の出演作を観ていないんだろうなあ

2011年07月20日 阿部嘉昭 URL 編集

 
原田芳雄については「綜合性」の俳優と書いたが
映画性と演劇性と音楽性、
それに文化性とが
その演技に「綜合」されていたということだ。

それ以前の男優は映画性でも演劇性でも
もっと単一性がつよかったといえる。

原田芳雄の起用(奥田瑛二の起用)を
北野武が「くさい」と嫌っていたのは象徴的だろう。
北野武は俳優を単一性にもういちど染め返したのだ。

ただし「北野組」俳優たちが
活躍の場をTVにも拡げることによって
単一性も手ばなされてしまった。

そこで再獲得されたのは「綜合性」ではなく
「タレント」にもつうじる「雑多性」だった
  

2011年07月21日 阿部嘉昭 URL 編集

ついでにFacebookに昨日書いた記事も。



「原田芳雄追悼特別ドラマ」として
BSで先ごろ再放映された
NH​K広島制作の『火の魚』(09)を観る。

広島に近い瀬戸内海の島が舞台で​、
作家と編集者との原稿のやりとりが
いまどき手渡しという時代齟齬もあるが、
余命短い官能小説の老作家(原田芳雄)が
露悪的に若​い女性編集者(尾野真千子)を扱いながら、

彼女の美術センスとロマンチシズム、
意志を枉げない正義感ぶり、
どん臭さ、秘められた暗さに
惹かれてゆく様子が刻々と伝わってくる。

視聴者の感情がそのまま
原田の役柄の感情へと反射してくるのだ。

劇中の紙芝居や原田芳雄の起居する部屋の見事さ、
原田の孤独の慰安材料となった赤い金魚
(原田はそれを小説中のアッパラパー娘のモデルにしていた)を
「魚拓」にし殺害・封印・記念する経緯が見事だが、

原田が自​分自身の面影もある
老作家役という安定性のなかにいるにもかかわらず、
どん臭い風貌の尾野に
演技を「喰われてしまった」というのが
俳優・原田の伝説を振り返る際の事件だったとおもう。

脚本はいま売れっ子の渡辺あやだが、
渡辺が室井犀星の小説から移し変えた俳優科白のうち、
原田のものより尾野のもののほうに
閃きがあるという面もあるが、

一対一の演技のやりとりでは
加虐性の役柄を引き受けることの多い原田が
(例​・『竜馬暗殺』での石橋蓮司とのからみ)、
アドリブも交え角度を変えて尾野を加虐しながら、

ぬりかべのように平面化した尾野が
原田の科白を正確・単調に「打ち返す」。​

それでむしろ原田が守勢に回る、という
見事に演劇的な事態となったのだった。

原田芳雄の嬉しい心中も伝わってくる演劇性があった。

尾野のドン臭さのもっている
「真っ直ぐ」感がリアルなのは、
現在人気絶頂の満島ひかりにもつうじる事態だろう。

尾野真千子は山下敦弘『リアリズムの宿』での
一瞬ロングを擦過する裸体で好きになった女優だが、
河瀬直美が苦手だったので意外に馴染んでいない。

たとえば原田芳雄を「喰った」女優には
是枝裕和『歩いても歩いても』の樹木希林もいるだろうが、
樹木は原田にたいし非明示的ながらも​加虐的な演技をしていた。

繰り返すが尾野美千子の凄いところは
加虐・被虐の弁別の彼岸で、
「ただ自身を単純に打ち返す」ことにより、
原田芳雄の演技に悲哀の色合いをつけてしまったことだ。

『火の魚』冒頭のショット変遷には吃驚した。以下。

1「赤い金魚と黒い金魚の会話(原田演ずる老作家への噂話)
=楠勝平や高野文子のマンガを想起させる」

2「とおもったら、それは島の埠頭前の男女の店員が
水槽前で話していた会話だった」

3「もう一回、水槽。
するとその水槽越しのロング(埠頭)に
噂の当人である原田がみえる
(原田は尾野真千子に会いに東京に行こうとしている)」。
 

2011年07月24日 阿部嘉昭 URL 編集

 
『火の魚』は室生犀星原作だから
読んでないが
本来は石川県金沢が
小説の原作舞台だったんじゃないかなあ。

それを瀬戸内の一島へ換骨奪胎した、と。

だから最初のカット変遷に
「リキ」以外に
舞台の正当性をも組み込んだのだとおもう。

NHK広島、すごい。

じつは緒形拳の「遺作」もNHK広島制作で
こちらも『火の魚』同様、受賞ドラマとなったのだった

2011年07月24日 阿部嘉昭 URL 編集

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2011年09月04日 編集












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